【みんなの感想・レビュー】「普通がいい」という病』 泉谷閑示 著。書評

『「普通がいい」という病』 泉谷閑示 著。みんなの感想・レビュー・書評

 
 
こんにちは、繊細の森もりばん・とうこです。
 
繊細さんや、いろいろ感じて考える方、世間に馴染めないと感じている方におすすめの本のご紹介です。
 
 
タイトルがちょっと刺激的かな?
『「普通がいい」という病』 泉谷閑示 著。

人間への考察が、とてもとても深く、愛にあふれています…!
 
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心と頭と体の関係…頭で心を抑圧すると体に出るよ、など
心についての深い考察が書かれています。
 
↓これは、泉谷閑示先生のセミナーに参加した時の、私のメモ書き。笑
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泉谷閑示先生の本は、生きづらさを感じている人、いろいろ考える人に、とってもおすすめです。ぜひ読んでみてね!
 

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そこそこ生きていけるとき、何を目指せばいいのか?~泉谷閑示さんのセミナー。
 
 
◇泉谷閑示先生のコラム。すごくよい。
うつにまつわる誤解シリーズ。
http://diamond.jp/articles/-/2071

※休職中の方や、うつの当事者が読んでほっとする視点だけど、状況によっては刺激が強いかもしれないから、当事者と関係者は、自分の様子をみながらね。
 
 
 

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『「普通がいい」という病。泉谷閑示著』を読んだよ~!という皆さんからご感想・レビューをいただきました。
ありがとうございます。
 
 


 
(30代女性・翻訳業・さくらさん)
 
泉谷閑示『「普通がいい」という病』を読んで見えてきた自分らしい生き方
 
私は小さいときから絵を描いたり文章を書いたりするのが好きで、何時間でも夢中で作業に没頭することができました。ところが、自分の作ったものが好きになれず、年齢を重ねるごとに作業自体に没頭できなくなっていました。
 
何かを表現したい気持ちがあるのに、どうして子どものころのように夢中になれないのだろうかと疑問に思っていたのですが、精神科医・泉谷閑示(かんじ)氏の著書『「普通がいい」という病』に出合って、その疑問が明らかになりました。
 
 
 『「普通がいい」という病』の中では、私たちが社会生活の中で感じる息苦しさの原因の一つは、「心」で感じたことを自由に「体」で表現するということが、「頭」を必要以上に働かせることによって妨げられることによると説明されています。
 
その説明には納得しました。的を射ています。
 
子どものころの私は、「心」に感じたことを「体」を使って素直に表現することができました。しかし、生きて行く中でさまざまな苛酷な出来事に直面し、心が傷ついていきました。「もう傷つきたくない」という気持ちから、自分の心を表に出さなくなってきたのです。
 
心を表に出さなくなった代わりに、活発に働くようになったのが「頭」です。心で「こうしたい」、「これが面白い」と感じたことよりも、頭で「こうするべきだ」、「この方がうまくいく」と計算したことを優先して行動するようになっていったのです。
 
心をさらけ出さないことで、傷つくことは多少なりとも回避できるようになったかもしれませんが、その代わり、本当の自分を出せない息苦しさを感じるようになっていきました。社会の中でなんとか溶け込むことはできていますが、なんとなく人生がつまらないのです。
 
 
自分が内向的で、他人に心を開くのが得意ではないことには、以前から気がついていました。でも、その内向的な性格を変えたいと思っているわけではありませんでした。内向的なのは繊細で感受性が高いからだと信じていて、その感受性を失ってまでも強くならなくてもいいと考えたからです。
 
つまり、感受性の高い人間であろうとすれば自分の繊細さと付き合っていくほかはなく、繊細であることで傷つきやすくて内にこもりがちになるのは仕方のない代償であると諦め、折り合いをつけていかなければならないものだと思っていたのです。
 
言い換えれば、壊れやすいガラスのように繊細な心を持っていると、それを壊さないようにビクビクしながら生きなければなりませんが、だからといってガラスの透明感や美しさを損なってまで鉄の心になりたいとは思わない、というのが私の考えでした。
 
 
しかし、『「普通がいい」という病』は、そんな私に別の考えを吹き込んでくれました。
 
鉄に変えるのではなく、あくまでガラスはガラスのまま、強化ガラスにすることを考えればいいじゃない、と言うのです。
 
これは、これまでの私にはない発想でした。
 
たった一度の人生、もっと楽しく生きよう、今からそうしよう。
『「普通がいい」という病』は、そんな気持ちにさせてくれます。
 
たくさんの図がちりばめられていて、わかりやすく、楽しんで読み進められるように工夫がされています。人生、本当に「普通がいい」のか、考えるきっかけにするにはうってつけなので、人生がどうも楽しくない、なんとなく面白くない、そんな人には特にお勧めしたい本です。
 


  
<30代・女性・自営業 香さん>
 
「変わった子」と思われないよう、目立たずに毎日を過ごそうと必死だった幼少時代。周囲の人からは、「小さいことを気にしすぎないように」「あなたは繊細なところがあるから」とよく言われていました。人間関係を積極的に築くのが苦手な内向的な性格は、大人になってもなかなか変わりません。いつも普通や平均を意識しながら生きることは楽ではなく、息苦しく感じる場面がよくあります。
 
『「普通がいい」という病」』は、「なぜ普通がいいと思うことが病なのか?」を知りたくて、読み始めました。専門的な内容を多く含む割に、さらさら読み進めることができたのは、たくさんの引用の効果かもしれません。演劇の一節、詩人や文学者の言葉、哲学者の考えなど、幅広い引用があり最後まで興味深く読むことができました。
 
『「普通がいい」という病」』を読み終わって、心に残ったことが二つあります。
 
一つ目は、言葉との向き合い方です。何気なく使っている「普通」「現実」「孤独」「わがまま」などの言葉について、「本当にそういう意味でしょうか?」と問われ考え込んでしまいました。改めて考えてみると、言葉を本来の意味ではなく経験から得た感覚的なものでとらえている気がします。特に、内向的な性格や感受性の高さゆえに生きづらく感じていることなどネガティブな感情を多く反映しているようです。言葉そのものにマイナスの意味はないのに、自分のイメージで使っていたことを見直す良い機会になりました。
 
泉谷閑示先生は、無意識のうちに言葉から連想しているイメージや価値観のことを「言葉の手垢」と表現しています。「言葉の手垢を落とす」ことによって本来の言葉そのものと向き合うこと、その重要性を意識させられました。さらに、言葉が自分の世界を形づくっているのだという事実にも目が向きました。言葉の使い方や意味を自分でコントロールすることは、自分の感情や思考をコントロールすることにもつながるように思います。
 
二つ目は、気にしすぎてしまう自分がこれから目指すべき方向性や行動です。「安心して悩める状態が健康」という部分を読んで気が楽になりました。「悩まないように」というのはポジティブなようでいて、私にとっては無理をしているつらい状態です。一方で安心して悩める状態はイメージしやすく、今の自分を生かす過ごし方のヒントになりました。
 
また、「人間関係は日々更新する必要がある」という考え方には目から鱗が落ちる思いです。これまで私は、人間関係は連続したものだと思っていました。人間関係を日々更新することは一見面倒に思えますが、悪い関係をリセットし構築し直すチャンスが毎日あると前向きにとらえることができますし、良い関係を維持するために毎日努力する大切さを端的に理解できます。自分自身を変えることは難しいですが、視点を変えるだけなら取り入れやすいもの。プライベートだけでなく、仕事においても生かすことができそうです。
 
『「普通がいい」という病」』は、読み物としても面白い専門書でした。今後は自分が感じていることを伝える際に、本書の中にある多くの「表現者の言葉」を参考にしようと思っています。内向的・繊細ゆえに生きづらさを感じている方はもちろん、「普通がいい」と望んでいる人を理解したいという方にもおすすめしたい1冊です。


  
(大学生・男性 きむらさん)
 
「普通がいい」という病 著者:泉谷閑示 感想
 
「どうして普通の子みたいにできないの!」という叱り文句があります。「普通」とは一体なんだろう。多くの人は「普通」という言葉をよく使いますが、私はいつも疑問に思っていました。この「『普通がいい』という病」の著者である泉谷先生は、この「普通」に縛られて「本当の自分」を失ってしまった人に警鐘を鳴らしています。
 
そもそも「普通」とは、人々が勝手に決めた価値観であるといいます。「普通」を善しとする社会では、多数派に合わせるような教育が多く見られます。少数派の中には成長するにつれて社会に適応していきますが、その中で「本当の自分」を抑えつけています。ある時その不満は爆発し、周りの人を傷つけたり、あるいは自分を傷つけたり、命を絶つこともあります。「普通がいい」という考えは、まさに人を蝕む病になり得るのです。
 
私は、まさにその患者の一人でした。皆が楽しそうにいている「普通」のことが楽しめず、合わせることに不満を感じつつも、それが正しいと思い込んでいました。しかし、この本を読んでからは大きく考えが変わりました。「本当の自分」らしく生きることが、大切だと気付かされました。
 
最も印象的だったのが、「頭」で「心」をコントロールしない、というものです。あくまでも「心」が主体で、「頭」は社会に適応するための最低限の理性とするのです。
 
私たちは成長する中で、「頭」で「心」をコントロールし、周りに合わせることを学んできました。重要なのが、「心」は「身体」とイコールであり、抑えつけられた「心」の不調はそのまま「身体」にあらわれるということです。「~であるべきだ」という考えに基づいて「自分らしさ」を抑えつけている人は、その影響が「身体」にあらわれていきます。その究極がうつ病や躁状態であり、完全な自己否定に陥り、「自分らしさ」を見失っている状態です。
 
ここで気を付けなければいけないのが、「~であるべきだ」というのは、多数派の人々が勝手に作り出した価値観に過ぎないということです。そこには少数派である人の「自分らしさ」は否定され、多数派に適応できた人の中にも不満を持っている人は見られます。こういった負の感情や、「身体」の不調は、「心」が「本当の自分」を取り戻すことを必要としているシグナルなのです。
 
 
私は、「本当の自分」になろうとしたとき、今の自分に足りないものを補うように考えていました。しかし本当は、「普通であるべき」といったような余分な要素を「削り取る」ことこそが大切なのだと気付きました。
 
私達は生まれたときが最も自分らしく、成長するにしたがって「~であるべき」「~であってはいけない」といった考えが刷り込まれていきます。それを一旦すべて削ぎ落とし、社会に適応するのに必要な部分だけをまた取り込めばよいのです。
 
 
具体的に私が行ったことはこうです。まず、心から楽しめない「普通の生活」から抜け出しました。
 
昼ご飯を誰かと一緒に食べるために場所を取り、長い間待ったり待たせたりして、雑談をして、皆が食べ終わるまで待って一緒に次の講義に行く・・・皆は普通に行っていることですが、私には我慢しがたいことでした。
 
そこで私は、一人でご飯をさっさと済ませ、図書館にいって静かな空間で読書をするようにしました。初めは孤独な人だと思われているようで嫌な感じでしたが、それが一番「自分らしい」と思えるようになりました。
 
そもそも「孤独は淋しい」という固定観念もまた、「普通」の人が勝手に貼り付けたものです。私は本心で孤独を求めたからか、淋しさは感じず、おかげで新しい世界を見るきっかけとなりました。次第に同じようなタイプの人とも知り合うようになり、一人の時はもちろん、友達といる時も深い話ができ、以前よりも楽しめるようになりました。
 
「普通がいい」という考えは、「本当の自分」を押し殺して多数派に合わようとするものだと思います。
 
そこまでして多数派になったのですから、そこでは「多数派の自分達が正しいのだ」と思いこむ心理が働きます。それが少数派である人への圧力であり、多数派に合わせている人の潜在的な不満の元凶ではないでしょうか。
 
 
勇気をだして「本当の自分」で生きることを選べば、あとは自然に道がひらけていきます。「普通がいい」という考えが窮屈な人は、勇気を出して自分らしさを取り戻して欲しいと思います。まずは小さなことから「~すべき」という考えを捨て、心から「~したい」と思えることから始めてみるといいのではないでしょうか。
 


 
(40代・男性・会社員 しんじさん)
 
この「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講を読み、最初に感じたことは大変読みやすい本だということです。
 
著者である泉谷閑示先生は精神科医であるので、専門用語が多用されていて、なかなか理解が難しい部分が多いのではないかと思いましたが、極力、平易な文章を意識されており引用も分かり易く、図解も理解の大きな助けとなり、ストレスなく読み進めることができました。
 
本文の中に、頭の良い人は物事の本質を理解しているため、他人への説明は平易で分かり易く行うものであるということが記載されていましたが、泉谷先生自身がそれを実践されているのだなという印象を受けました。
 
 
本の題名にもある「普通」とは何だろうかということは、私もよく考えたことでした。普通であることは没個性だと思っていましたが、その想いが肯定されたような気がします。とかく色々と思い悩んでしまう人は生きづらく、苦しいことも多いのですが、それもまた自分なのだということを受け入れることが大切なのだという気持ちにもさせてくれました。
 
泉谷先生は、うつや神経症を患ったりした方と接する機会が多く、長所と短所が一緒になっている人が意識改革によって、大きな変化、成長を遂げるところと数多く関わってきたとのことです。実に感慨深く拝読しました。私自身、周りから長所と短所が同じという指摘を受けることが多かったためです。
 
繊細で人間関係について常に悩んでいる。これは一面を捕えれば短所なのでしょうが、実際は長所であると思い、感受性を高めて言葉にならない思いというようなものを汲み取る努力をしてきました。その結果、仕事でも自分らしさを持ちながら他の者との人間関係といったものを円滑にする役目を担うことができていると思っています。
 
また、怒りという一般的にはネガティブとされる感情を大変評価していることも驚きでした。多くの人が怒りは何も生み出さないとか、怒りの感情はコントロールしなければならないということを言います。また、内向的な人々の集まりなどで感情を表に出そうという試みをしているシーンなどをドラマや映画などで見たことがありますが、フレッシュな怒りというものを評価するというのは新鮮でした。
 
 
人と人というのは大変難しく、繊細な人間にとって人間関係で生きていることすら苦しくなることはままあります。言葉というものは便利なようでいて、不便だと思います。泉谷先生もクライアントとの関係で思い悩まれたことがきっと数多くあったのだろうということが、この著書から何となく感じます。人は口から言ったことが必ずしも真実という訳ではなく、本音は別のところにあることが多いからです。そのような中で人と触れ合うこと、しかも心の奥底まで光を当てることを仕事とされている方の言葉は、やはり奥深いものだと思います。
 
本書の端々から感じ取れる生きづらくともマイノリティとなることを恐れないでという思いや、例え普通でないと言われても自己肯定をしてよいのだという思いが感じ取れて、本当の自分というものを愛して良いのだという気持ちにさせてくれました。
 


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