「感じる」とはどういうことか

個展を通しての考察です。今回は「感じる」ことについて。
 
※ちょっと変な記事かなぁと思うんだけど、考察としてUPしてみます。
 

 
在廊中、たくさんの方に来ていただいて、絵や詩のご感想を直接聞くことができました。
 
 
感じる力の強い繊細さんたちが多かったからか、
 
「これは、絵なんだろうか? 水しぶきを感じる」
「絵をみていると、自分のなかの感情が上がってくる」
「絵から、サーーーっと音がする」
 
など、体感を交えたご感想をいただきました。
 
 
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家に帰っていただいたご感想を思い返し、ふと
 
「そうか、感じるって、本当にあるものを実際に感じ取ってるってことなんだ」
 
と思いました。
 
「感じる」とはどういうことかが、わかった気がしました。
 
 
 
「感じる」って、すごくパーソナルな感覚です。同じものをみても、自分が感じないことを相手が感じていることがある。その逆もある。
 
物質的に存在しないものを「感じる」と言うときって、どこか、ありもしないものを空想しているのかと思っていたんですが、そうではない。
 
 
絵を見て「水しぶきを感じる」のも「音が聞こえる」のも、空想しているわけではなく、
 
鳥の鳴き声を耳で聞いたり、隣の部屋にいる人の気配を感じたりするのと一緒で、おそらくは、本当にあるものを見たり聞いたり体感したりしているのだと思います。
 
 
 
感じ方はひとそれぞれ、という言葉がありますが、そんな軽い言葉でまとめられる話ではなく(笑)
 
なにが見えて、聞こえて、体感できるか、現実が実際にちがうんだぜ!!!
 
ということです。(説明力がんばれ!)
 
 
 
世界がどう構成されているかが、ひとによって、全然違う。価値観や考え方が異なるということとは別に、おそらく実際に違うのです。
 
「絵から音がする」と言うのなら、たとえ機械で録音できなくとも、音がしているのでしょう。そのひとの空想や勘違いではなく、きっと現実が実際にそうなのです。
 
 
 
世界は、人間は、なんて豊かなのだろうと思います。
  
一義的にみえていた世界が、わっと咲きだすようです。自分にみえている世界だけが、世界ではない。
 

絵から水しぶきがとび、音がし、感情が空気のように循環する。そんな世界がある。誰かがそんな世界をみている。
 
多彩、多様、百花繚乱!
  
ここ1年ぐらい、人と会うたびに「この人にとって、世界はどう見えているのかな」と思っていましたが、なるほどこう着地したか、と。
 
 
 
世界は、人間の数だけ、バリエーションがある。
 
自分にとって未知の世界が、いまここに実際にある。それは可能性であり、希望です。
 
 
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絵「星々の旅」 水彩・立体作品