枠を外して自由に生きる。人間の成熟の道のり

「生き方」も「がんばる」も、育った環境で学んでいないと知らない

 
ご相談を受けていて感じますが「人間って、学んでいないことはできない」ですね。
 
この「学ぶ」は、意識して教わるだけでなく、「見ているうちに自然と身につく」という学び方も含みます。
 
パソコンのショートカットや英会話といったスキル・テクニックの話だけではなく、「自分を大切にする生き方」や「がんばる力」など、生きていく上で根本に関わることも、「どこかで学んでいないと、できない」です。
 
 
たとえば「がんばってもいいことがない」「身近な大人が、特になにもがんばっていない」という環境で育つと、「がんばる意味がよくわからない」となりますね。
 
繊細さんはがんばる人が多いので、ここまでは他人事のように思えるかもしれません。では次はどうでしょう?
 
「テキトーにぷらぷら遊んでいいんだよ」と身近な大人が身をもって示していないと、「テキトーに遊ぶ」という概念や感覚がない。
 
もっというと、ほどよく手を抜く人が身近にいて、その行動を間近でみていないと、ほどよく手を抜く方法や塩梅(あんばい)がわからない。
 
……です。
 
 

「他の生き方を知らない」から「新しい生き方にジャンプできない」

 
大人になっても、人間は育った環境で学んだ生き方を色濃く受け継いでいます。家を出てすぐはもちろん、30代でも……ときには50代になっても、そうです。
 
人生でぐるぐる悩む時というのは、今までの生き方が合わなくなって(合わなさが極まって)いるのですが、「他の生き方を知らない」から「新しい生き方にジャンプできない」ということが起こるのです。
 
たとえば「まじめに将来にそなえる」という生き方のなかで育っていると、「今を大事に、テキトーにただ遊ぶ・楽しむ」という概念が出てこない。
 
やりたいことを探そう、趣味や遊びを楽しもうとしても、「役に立つか?」というフィルターがかかって「これじゃない」となる。「まじめに将来にそなえる」という枠内で探しても、自分が求めるやりたいことや楽しいことにたどりつけず、「あれもこれも違う」と、ぐるぐるさまよってしまうのです。
 
 

選択肢を広げる視点。正・反・合

 
私は、幸せに生きていくとは「自分を幸せにする選択肢を、自分で選んでいける」ことだと考えています。
 
そのためには、まず、枠の外にある選択肢を見える状態にする必要があります。
 
  
とはいえ、選択肢がみえないから困っているわけで(笑)、みえない選択肢をどうやってみるか、が課題となります。
 
そこで、「正→反→合」という考え方をご紹介します。
 
これは、おおもとは「「普通がいい」という病」(泉谷閑示・著)という本のなかで紹介されているものです。私自身が、自分の人生にあてはめてまさに!と腑に落ちたので、自分なりの解釈を加えてご紹介します。
 
 

正・反・合。人間の成熟の道のり

 
人間が成熟していくにあたり

・正(せい):育った価値観の枠内でやっていく
 ↓
・反(はん):アンチ。育った価値観の「逆」を存分にやる
 ↓
・合(ごう):どちらも十分に知った上で、自分に合う方を柔軟に取り入れる

という道のりをたどります。
 
 
たとえば、「真面目に将来に備える」という価値観で育ってきた場合は

正:真面目に働く

反:職場でテキトーにぷらぷら過ごしたり、思い切り遊んだりのんびりしたり、今を楽しむ

合:真面目もテキトーも、必要に応じてどちらもできるようになる

です。
 
「今まで真面目に育ってきた」とわかれば、その真面目が「枠」になっている可能性が高い。そのアンチである「テキトー」が、これからは必要になってくるのではないか、「テキトー」に生き方の変化の鍵があるのではないか、と想像がつく。
 
そして、真面目のアンチである「テキトー」を存分にやり、やりきって満足すると、「合」に至る。真面目もテキトーも、自分にフィットする方法を、その時々で柔軟に選べるようになるのです。
 
 

「バランスよく」は結果論

 
たまに「バランスが大事」「ほどほどにね」などといいますが、そんなのは無理な話です。
 
真面目に生きてきたひとには、そもそも「テキトー」という感覚がありません。趣味でもプライベートでもいいので、やりやすいところで一度「テキトー」をしっかりやってみて「こんな感じか」と感覚をつかまないと、いきなり仕事で「適当にテキトーをとりいれる」なんて曲芸はできないのです。
 
「バランスよくやる」のは、「合」に至った後にはじめて言える結果論。最初からバランスよくやれるものごとは、よほどセンスがいいか、あるいは自分にとって重要じゃないものごとだろうと思います。
 
右足、左足、と交互に出して前に進むように、正もアンチも、大事です。正もアンチも存分にやりきることで、人生が前に進んでいくのです。
 
 
話がそれますが、この「正→反→合」は、人類の進化という意味でもよくできていると思います。最初は学んだとおりに、つまり安全だとわかっていることをやり、恐れつつその逆をやってみて、どちらもできるようになる。
 
この「正→反→合」は、ひとりの人間の成熟の過程であると同時に、人類全体の進化の過程でもあるように思います。(人間がひとりひとり成熟するから、人類全体も進化する。人間の成熟と人類の進化は、必然的に似てきますね)
 
 

自分の制限を外すワーク

  
ということで、話をもとに戻しまして、まとめです。
 
・なんか窮屈だ
・自分が大きく変わる予感があるけど、どう変わるんだ?
・ぐるぐる悩んでいる
と感じる方は、以下2ステップを試してみてください。
 

1.育った環境はどんな文化・価値観だったか、思い出してみる
(もっと直接的に言うと「親はどんな人だったか?」ということです。(真面目・テキトー・堅実…etc.))
 ↓
2-1.そのアンチをやってみたら枠が広がるかも、と考えてみる
2-2.今まさにそのアンチをやってるところだったら「もうそろそろいいのでは?」と考えてみる

 
やってみると案外、思い当たる節があるのではと思います^^